なぜ値上げを言い出せないのか
「切られたら困る」「何%と言えばいいか分からない」「材料費以外の根拠がない」。この3つが揃うと、経営者は値上げを先延ばしにします。先延ばしの間も材料高は続き、粗利は減り続けます。
解決の順番は、度胸ではなく数字です。取引先ごとの粗利額を出し、仮に取引がゼロになった場合に空いた工数を他社に振り向けるとどうなるかまで試算すると、「切られても困らない先」と「絶対に失えない先」が分かります。分かってから交渉に入るので、当てずっぽうにはなりません。
ステップ1 取引先ごとの粗利を出す
取引先別に、売上・粗利額・粗利率・単価の最終改定時期を一覧にします。3年以上単価が据え置きの先、材料高の後に一度も改定していない先、粗利率が全社平均を大きく下回る先が、値上げの第一候補です。
ステップ2 順番と幅を決める
- 第1陣:粗利率が低く、代替先が確保できる取引先 ── 幅は原価上昇分をそのまま
- 第2陣:主要取引先のうち、据え置き期間が長い先 ── 幅は段階的に
- 最後:絶対に失えない先 ── 第1陣・第2陣の実績を持って臨む
全社一律の値上げは、交渉力の弱い先から順に失注します。順番を分けることで、失注リスクを限定しながら粗利率を押し上げられます。
ステップ3 根拠を「実原価」で作る
材料費の上昇率だけを根拠にすると、「材料費は全体の一部でしょう」と返されます。材料費・外注費・直課労務費・段取り時間まで含めた品番別の実原価を示し、「この品番はこの単価では原価割れ」と言える状態にします。これが、取適法のもとで求められる「説明」の中身にもなります。
取適法を交渉でどう使うか
中小受託取引適正化法(取適法、2026年1月1日施行)では、受託側から価格協議を求められたのに応じない・必要な説明をしない・先延ばしにして代金を一方的に決めることが違反になりました。資本金基準に加えて従業員数基準(製造委託等は300人、役務提供委託等は100人)が新設され、保護される取引の範囲も広がっています。
法律は「交渉の場に着かせる」ところまでは守ってくれます。しかし、そこで何%を、どの根拠で言うかは、自社の数字がなければ決まりません。法律を振りかざすのではなく、数字を持って協議を求めるのが実務です。
交渉文面と、決裂時の備え
伝える文面は、①材料高の事実、②品番別の原価上昇、③改定幅と適用時期、④協議のお願い、の順に短くまとめます。決裂した場合に工数をどこへ振り替えるかの試算を手元に持っていると、社長が交渉の場で引かずに済みます。粗利ドックの90日スプリントでは、この順番・幅・文面の設計までを代表が現場で一緒に行います。